亀山焼窯跡

若宮稲荷神社から南へ少し登った高台にある亀山焼の窯跡。亀山社中跡も近い。
亀山焼は長崎の町人らによって1807年(文化4)に開窯された。当初は出島のオランダ人たちが必要としていた"水がめ"を作って販売するのが目的だったが、ほどなくオランダ船の入港が激減、水がめの製造は中止となり、代わって白磁染付を製作するようになった。 陶工に大村藩の波佐見焼や長与焼に携わる人たちを招き、陶磁器原料は有名な天草石を、文様を描く顔料の呉須(ごす)は中国産の良質のものを使用。 そうして作られた製品の底には"亀山焼"、"崎陽亀山製"、"瓊浦亀山製"などの銘が入れられた。
1865年(慶応元年)に閉窯となったが、現在も愛好家達を魅了し、「幻の亀山焼」ともいわれているそうだ。看板付近には亀山焼の展示スペースも設けられている。

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