萬順ロゴ ・金銭餅・よりより・月餅・一口香
・かすどーる・長崎カステラ等の
 製造販売を行っています




萬順菓舗としては長崎市新地にて明治十七年(1884年)創業、創業以前は萬順號(まんじゅんごう)という貿易商であったとされています。
萬順製菓の三代目の初頭頃までは船もあり、その当時までは砂糖を取り扱っていたようで、そのため菓子業を始めました。
1913年に孫文が長崎を訪問した際に館内の福建会館会議堂(天后堂の横にあったが現在は公園になっています)には、華僑代表と李家県知事、北川市長ら総勢70余名が参集し集合写真が撮られており、その中に当時の萬順の当主も供に写っています。
しかし、船が沈んでしまい莫大な損失が生まれ、規模を縮小せざるを得なくなってしまい、その頃に現在の諏訪町に移動。
昭和45年に有限会社萬順製菓を同所に設立し現在に至ります。
今では菓子業に専念し昔ながらの味と手法を大切にし、老舗の名に恥じない商品作りをしています。


ちよりちより
長崎銘菓「よりより」の、噛むほどに深まる味わいはそのままに、ご年配の方や小さなお子様でも食べやすいひとくちサイズに仕上げました。素朴な味わいに、長崎の四季の彩りを添えてお届けいたします。
またビールのおつみまにも最適!!
長崎への旅行の際はぜひ萬順製菓の「ちより」をお求め下さい。
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金銭餅金銭餅
中国の古代貨幣をモチーフにした焼き菓子。まわりに胡麻をまぶしており、一口サイズの中華風胡麻クッキー。起源は三千年ほど前、中国の皇帝への貢物にされたという銘菓。
胡麻は楊貴妃も好んで食べたというくらい美容と健康によく、珍重されており、また、貨幣の形をモチーフにしている事から、国無形文化財の長崎くんちでは御捻りの中身としても珍重されております。
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よりよりよりより
今では長崎銘菓として長崎っ子に広く愛されるものとなっていますが、最初は別の名前でした。
弊社の古い写真を見てみると「南京巻き」「唐人巻き」と書いて売っているものもあります。
元々は麻の花の形が螺旋状の形をしており、それに例えて「麻花」もしくは壊れやすい形状から脆(もろ)い麻花の意味で「脆麻花」と書かれてきました。 元々、長崎にある新地という土地は唐人達の居留地や荷揚げ場で、出島と同じく一般人たちは出入りができない場所であったため、第二次大戦前までは「よりより」もほとんどが、その中だけでの取引でしたが、戦後になり長崎の一般人たちの口にも入るようになりその美味しさが評判となったものの漢字の読み方が分からず、「ねじり菓子」「唐人巻き」「南京巻き」「よれよれ」「よりより」等とよんでいたのを、昭和三十年頃当時の萬順製菓の代表であった昭夫により名物「よりより」と定められました。
その後、登録商標等を取らないかなどの助言を多々もらいましたが、制限してしまえば名物になりきれない。また歴史と味が決め手となって消費者が選んでくれるような商品作りをしたいという思いから、商標をとらず菓子作りに専念してきました。
その愛称は万人に受け入れられやすく、今では長崎中華菓子の定番となっています。
一つ一つ手作りにて編むように作られた「よりより」は硬い食感が特徴。しかし、その硬さと、噛むほどに出てくる深い味わいが一度食べたら癖になる美味しさです。
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月餅月餅
古代中国に起源を持ち、中秋の名月を見る際には皇帝にも献上されていました。今でもその慣わしにより、日本における御中元や御歳暮といったように、身近なお世話になった人に贈られています。
萬順の月餅の中身の餡には、くるみやピーナッツといった滋養豊富な木の実を多く含み、その食感がアクセントとなっており、レモンの風味にてあっさりとした味わいになっています。種類は2種類で、両方ともに木の実は同じように入っていますが、ベースの餡が小豆か白インゲンの違いにより白・黒となっています。
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月餅磨屋和華蘭菓子 味彩

「とぎや和華蘭菓子〜味彩〜」
旧磨屋町にある3つの菓子舗(岩永梅寿軒、ビアンカ、萬順製菓)が協力して、それぞれ和菓子・洋菓子・中華菓子を作り、それをワンパッケージに詰め込んだお菓子です。
ご購入は当店、もしくは

岩永梅寿軒
長崎市諏訪町7-1中通商店街
電話番号  095-822-0977

 

ビアンカ
長崎市諏訪町6-18 中通商店街
電話番号  095-822-2439

まで


一口香一口香
中に空洞を持つ不思議なお菓子。皮の部分は水飴と小麦粉をあわせた煎餅の様で内壁部には黒砂糖と蜂蜜を合わせた飴が張り付いています。
元々は昔、唐の船が航海の際に持ち出した保存食であったといわれていて、それが長崎に伝え作られたものです。
萬順の一口香は素朴な甘さと香ばしさがあり、中の飴に蜂蜜を多く含んでいるため、堅すぎず絶妙な味わいです。
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